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代表プロフィール

東京都出身

コンサルタント/アートディレクター/東京都承認経営革新計画デザインミー主宰


2010年の創業以来、5,000名以上のデザイン戦略に携わる。

13年間、セールスや営業を一切せずに集客して来た独自のデザイン戦略で、中小企業や個人事業主、行政、教育機関などのデザイン戦略パートナーとして関わる。心理学・脳科学、ブランディング理論、デザイン戦略、経営学など独自に融合したメソッドで、クライアントの魅力的な強みを引き出し最大化、問題解決や目標達成へ導く。

自身でもこのメソッドを活用し、オリジナルブランドのプロデュースや国内外出版を実現している。

◆ 文化庁・文化芸術による子供の育成事業協力芸術家
◆ 一般社団法人ハートリボン協会大使
◆ テレ朝「お願いランキング」デザイナー対決優勝
◆ 【著書】第10回フジテレビKIDS be絵本大賞 大賞作品
  『かいとう あっというま』(扶桑社)他、国内外29冊出版

アメージングデザイン

商店街のおじさんおばさんたちと
家族に囲まれて育った幼少期

私は東京の下町で、製造小売り店を営む商店で生まれました。商店街は活気があり、商店のおじちゃんおばちゃん達に可愛がられて育ちました。祖母や母のお客さんとの会話をBGMに、お店の裏で絵を描いていることも多かったです。
工場では祖父、父、職人さんたちがいて、そこに私も交じって手伝いをすることがよくありました。各商店に出入りしては、様々な個人事業主の方たちの仕事や生き様を見てこれたことは、今では貴重な体験です。
ひとりの時間も多かったので、絵や工作をしたり空想にふけることがよくありました。
その甲斐あってか、小学校では毎年展覧会に選出されたり、イベント時には先生や友人からアイデアを求められ、それを形にすることで喜ばれる経験を多くしてきました。
人情を持って人と関わること。アイデアや形にしたものが人に喜ばれること。これら原体験が、今の仕事を選んだ大きな要因だったのかもしれません。

イメージやアイデアを表現する楽しさ
人に喜んでもらえる嬉しさ

中学に入ると音楽に目覚めます。
中学2年生からは音楽に夢中になり、よく原宿に行っていました。
そこには斬新なデザインのポスターや看板、魅力的な洋服、見たことのない色彩の洋書が溢れていて、多感な時期の私には大きな刺激になりました。
父からエレキギターをプレゼントされると、作詞作曲を始め友人とバンドを組みます。
高校の時は、夜中に駅で弾き語りをして練習兼、お小遣い稼ぎ。相手はほとんど酔っぱらいのサラリーマンで、その人に合った歌を歌ったり、話に付き合っていたらお金を置いていってくれました。
幼少期、たくさんの働く大人たちに囲まれて育った環境が、様々な人とのコミュニケーションに抵抗を感じなかったのかもしれません。

ミュージシャンを目指す
自分の感性と表現力で、たくさんの人を喜ばせたい

大学は、日大藝術学部デザイン学科のコミュニケーションデザインコースに入ります。しかし私は、専攻科目はほどほどに音楽、文芸、写真、美術など他学科の授業にも魅力を感じ、ひとりで潜り込んで受講していました。
この経験から現在クライアント様には、多分野の感性を活かしたアプローチや新しい視点の提案をし喜んでいただくことが多くあります。
さらに当時、バンド活動が生活の中心だったのですが、価値観の異なるメンバーや他バンドとのぶつかり合いの調整、ファンを増やすためのマーケティング、ブランディングなど。実はバンド活動は会社経営とすごく似ている部分があり、この時の経験は現在でも活かすことができています。
大学卒業後、フリーターをしながら夢を追いかける私は様々な問題に挟まれ、時には潰されそうになりながら生きていました。
その時、必ず助けてくれたのはユニークで創造的な発想と行動、そして人でした。

人の魅力を引き出し
表現するスキルの習得

当時、26歳フリーターの私は結婚を決め、それから就活。結婚式前に運良く会社に入ることができました。順序がおかしいですね。

最初に入れていただいた会社はIT会社で、ポータルサイトの運営をしていました。
面接時、デザイン未経験でパソコンもできない私が面接官たちと不穏な空気になっていた際、たまたまいらした部長が、私の持参した絵を見て即決してくれたのはラッキーとしか言いようがありません。この会社でWEBとデザインの両方を学びました。

WEBとデザインの可能性と面白さに気づいた私は、次にネットショップと実店舗を運営する会社へ転職します。ここで得たノウハウを実家の商店にもいかしたいと思ったからです。

そして最後はヘッドハンティングでグッズ会社へ転職。WEB責任者兼デザイナーとして、複数のWEBサイトの立ち上げとWEB集客をしつつ、営業マンたちに同行しデザイナーとしてその場で提案やラフスケッチをするなど、目まぐるしい日々を経験させていただきました。

この3社にお世話になった3年間、たくさんの顧客と向き合い様々な悩みや夢を聞きました。かつての私がそうであったように。
そこで解決の一助になるのは、デザイン戦略でその人だけが持つ魅力を引き出すこと。それを的確に表現することでした。

29歳になった私は、当時2歳になる息子と1秒でも多く過ごしたいという想いと、デザインの力でたくさんの人を応援したいとの想いで独立します。

私にできる恩返し
そして未来に向けてできること…

幼少期、たくましくお店を切り盛りする家族や商店街のおじちゃん、おばちゃんたちからたくさんのことを学びました。
起業した当初は人脈はもちろん、ビジネスの初心者でした。しかし、人の魅力を見つける特技、それを表現できる技術が、お客様とのつながりをどんどん広げてくれました。

現在は多くの経験から得た成功や失敗のノウハウを、お客様をはじめ実家のお店にも活かすことができています。WEBサイト、販促ツール、デザイン、マーケティング、顧客のファン化、コンサルティング。
様々なデザイン戦略に携わってきましたが、すべては課題解決や目的達成のための手段。
よく「塚本さんはいろんなことやってるね」と、言われますが、私個人の目的ややりたいことは10年前、もしかしたら子どもの頃から変わっていないのかもしれません。

これからは、与えてもらってきた分、それ以上のお返しをしていきたい。
今後さらに先行き不透明な社会になっていくかもしれません、でもその中で誰もが自分らしい人生を歩めて、大切なものを大切にできる社会を願い、私ができることを真剣にやっていきたいと思っています。

この世界に、たくさんの笑顔を創造するために。